
はじめに
プラットフォーム開発本部 ユーザーレビューグループ(URG)の松井です。
生成AIと共に働く現場エンジニアとしてのDICOMO2025シンポジウムの研究発表に加え、今回は「難聴」という予期せぬ体験を経て、あらためて感じた「人間らしさ」についてお伝えします。
研究発信
生成AIの登場により、私たちエンジニアの働き方は大きく変化しています。
技術を導入するだけでなく、日々の実践から得た知見を整理・発信することが重要だと実感しています。そこで今回、業務での経験をもとに研究としてまとめることにしました。
研究概要
本研究は、前回のブログ記事「生成AIでレビュー承認業務を大幅削減」で紹介した実務成果を学術的に体系化したものです。今回はその理論的基盤と社会的意義について掘り下げます。
研究課題:AIにどこまで任せることができるか
現在、多くの企業はAIを「支援型」(コード補完、要約など)にとどめ、誤判断リスクから「重要判断」を任せていません。 この問題は単なる技術的な課題ではなく、社会的・倫理的な側面を含む複雑なものです。
DMMでも年間50万件のレビューを月150時間かけて目視チェックしており、AIによる自動承認が期待されましたが「AIにどこまで任せるか」が重要な課題でした。
これらの思いが本研究の出発点となりました。
HAZ(Human-AI Agreement Zone)という考え方
「AIにどこまで任せるか」という問いに答えるため、私は新しい概念
「HAZ(Human-AI Agreement Zone)」を提案しました。
これは「人とAIの判断が高い確率で一致する領域」を特定し、その領域内の作業のみをAIに自動化させる枠組みです。
HAZを実現するために、以下の3つの要素技術を統合しました。
- プロセスの構造化:複雑な判断を明確なステップに分解する
- スコア設計:AIの判断確実性を数値化し、信頼領域を可視化
- 合意領域の検証:人とAIの判断が統計的に一致する領域を明確化
このアプローチによって、人間の最終判断を必要としない自動化が可能になります。 従来のアプローチとHAZの違いは明確です。
これらHAZにより、前回のブログで記載したような工数削減が可能となったのです。また本研究では理論構築にとどまらず、半年間にわたる20万件の実データによる徹底検証と本番運用での継続的な精度監視を経て、実用レベルでの信頼性を確立しました。
論文とスライド資料
ご関心のある方はこちらの研究論文・発表資料をご参照ください。
エンジニアが研究し、発信する時代
生成AIがもたらした重要な変化の一つは、AIとの対話が人間の「鏡」として機能することです。 AIに「この判断はなぜそうなるのか」と問いかけることで、自分自身の判断基準や価値観を見つめ直す機会が生まれます。
このような体験を通じて、「人間らしさとは何か」「自分にしかできない貢献とは何か」といった本質的な問題への関心が高まります。AIは効率化だけでなく、私たち自身への気づきをもたらす点にもあると感じています。
また話は大きく飛躍しますが、これら技術革新の歴史をマズローの欲求段階説に照らして考えると、「AI革命」なるものは従来の産業革命、情報革命と性質が異なり、人の最終段階の欲求である「自己実現の欲求」を最大化すると解釈も可能です。
AIによって社会構造そのものが変わりつつあります。
- 産業革命:生存欲求の充足(物質的豊かさの獲得)
- 情報革命:承認欲求の促進(情報共有による社会的評価の促進)
- AI革命:自己実現欲求の促進(自分らしさや可能性の支援)
研究発表
これらのHAZの研究についてマルチメディア、分散、協調とモバイルシンポジウム DICOMO2025(6月25日〜27日、福島県郡山市)にて発表してきました。 このシンポジウムは学生・社会人を含む1000人以上の参加者と300人程度の発表者が集う場です。
参加理由としては、今年のテーマ「人間とAIの良き関係」が私の研究内容と合致していたためです。
私は発表の中で、人間中心宣言として以下考えで締めくくりました。
- 人が必ず主役であること(Trust in Human Leadership.)
- AIと合意した領域を共に歩むこと(Cooperate with AI - in the HAZ.)
また、シンポジウムでは様々な業界からのAI活用事例に触れることができ、
理論と実践をつなぐヒントを得ることができました。
特に印象的だったものを一つ紹介すると、GMOペパボ研究所の招待講演です。
これは従来の「人が目的を与え、AIが実行する」というエージェントモデルから一歩進み、AIが対話ログや操作履歴から「目的自体をAIが抽出・理解する」という考え方を提供したもので革新的なテーマでした。
詳細はペパボ研究所のサイトで確認できます。 https://rand.pepabo.com/
難聴からの学び
突然の難聴との遭遇
AI研究を通じて学術的に探求する一方で、私は思いがけない形で「人間の限界」を身をもって体験することになりました。
論文作成の準備中、右耳の難聴(蝸牛型メニエール病)を突然発症し、生活の基盤が大きく揺らぎました。
ショッピングモール、雑踏では音が壊れて聞こえ、世界がゆがんで感じられる——そんな日々が1ヶ月以上続きました。毎朝、「まだ治っていない」という現実が静かな部屋に響く中、医師の診断と治療を受けながら、日々の変化を記録し、経過を見守るしかありませんでした。
この症状は通常の病気とは異なり、神経系に作用するため日常の対話にも支障をきたし、大きなストレスとなりました。永遠とも思える停滞を繰り返し、「いつ終わるのか」という不安が常につきまとっていました。
難聴からの気づき
この状況で「なぜここまでして研究に取り組むのか」と思われるかもしれません。
私の動機は「研究成果を社会に還元したい」という思いからでした。
しかし、身体の不調を経験する中で大切な気づきを得ました。自分の意思で研究に取り組んでいても、どこかで評価や成果を求める気持ちがあったことに気づき、それよりも今この瞬間を健康に生きることの方がはるかに重要だと実感しました。
私たちは常に自分の行動や成果に意味を見出そうとします。 そして急速に進化する現代では「十分な成果を出せていない」「他者より遅れている」という不安が生じやすいものです。
しかし、そうした外部評価や比較よりも、自分自身の内面と向き合い、自分のペースで進むことの大切さに気づきました。人間は時に非効率であっても、今の自分を受け入れ、自分らしく生きる選択肢を持つことが重要です。
発症から約2ヶ月近くが経過し、症状は回復傾向にあります。
今、こうして過去の出来事として語れることに安堵しています。
おわりに
この一連の経験を振り返ると、いくつかの節目がありました。
日々の業務知見を体系化し、HAZという概念として研究に残すことができました。
その研究をシンポジウムで発表し、多くの研究者と交流する機会も得ました。
しかし、その準備過程で難聴に直面し、今この瞬間を生きる大切さにあらためて気づかされました。 成果を過度に追い求めるのではなく、「自分が自分でいられる勇気を大切にしたい」と感じています。
みなさまは、仕事の中で本当に大切にしたいものを立ち止まって考える瞬間はありませんか。 ときには、周りに流されず「今ここにいる自分」を少し肯定してみるのも、良いかもしれません。
その一歩一歩の歩みが、きっと未来の自分や誰かの力になるはずです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。皆さま一人ひとりの歩みが、豊かなものとなることを心より願っています。
感じたことがあれば、ぜひX(Twitter)でも教えていただけると嬉しいです。