- はじめに
- 第1章:なぜオブザーバビリティ成熟度評価を始めたのか
- 第2章:オブザーバビリティ成熟度モデルの構築
- 第3章:どのように現状を把握したのか
- 第4章:データから見えた組織の傾向と課題
- 第5章:評価結果をどう活かすのか
- 第6章:活動成果と今後の展望
- この取り組みから何を学んだのか
はじめに
こんにちは。ITインフラ本部 SRE部の庭野です。
この記事では、SRE部が実施しているオブザーバビリティ推進活動について、評価の背景、実施のプロセス、そこで得られた気づき、そして今後の展望についてご紹介します。
私たちの開発現場は、日々「見えないもの」との戦いです。マイクロサービスや分散アーキテクチャの進化に伴い、「今、何が起きているのか?」「なぜ、うまくいかないのか?」を捉えることがますます難しくなってきました。そのような現場で、鍵となるのがオブザーバビリティでした。
第1章:なぜオブザーバビリティ成熟度評価を始めたのか
オブザーバビリティとは
オブザーバビリティ(可観測性)とは、システム内部の状態を外部から把握できる能力です。従来の監視が「何が起きたか」に注目していたのに対し、オブザーバビリティは「なぜ起きたか」を理解することを目的とします。これは、複雑な現代のシステム運用において、障害調査や改善の質を高めるために欠かせない視点です。
私たちDMM全体が抱えていた課題
社内では以下のような課題がありました。
- チーム間のばらつき:オブザーバビリティへの理解や実践レベルに差があり、共通の基準がないため、改善の方向性も不明瞭だった。
- 属人化した運用:知識や対応が特定の個人に依存し、標準化やナレッジ共有が進んでいなかった。
- 改善の停滞:現状が把握できず、どこから手を付ければいいのかが見えづらい状態だった。
SRE部が主導した理由
SRE部は、全体のサービス信頼性向上を支援する立場として、複数のチームと関わってきました。その中で、共通する運用課題が徐々に浮かび上がってきており、組織全体の最適化を見据えた取り組みの必要性を感じていました。
特に、以下のような傾向に気づいたことが大きなきっかけとなりました。
- 同様の課題が複数チームで繰り返されていた。
- チーム間の成熟度格差が大きく、知見の共有が進んでいなかった。
- DMM全体としての改善施策が見えにくかった。
こうした状況を踏まえ、現状を俯瞰して捉えるための共通指標が必要だと考え、SRE部がこの取り組みを主導することにしました。
成熟度評価を採用した理由
私たちは課題の構造を明らかにし、段階的に改善を進めるための枠組みとして「成熟度評価」という手法を選びました。その主な狙いは以下の4点です。
- 共通認識の形成:チーム間のズレをなくし、同じ指標で会話できるようにする。
- 現状の可視化:構造化された基準で強みと課題を明確にする。
- 段階的な改善:現在地に応じた次のステップを示す。
- 継続的な改善文化の醸成:評価とフィードバックのサイクルを通じて改善を習慣化する。
この評価を通じて、組織的な対話と自律的な改善の基盤を築くことを目指しました。
第2章:オブザーバビリティ成熟度モデルの構築
今回の評価では、全社で一貫した視点を持つために「オブザーバビリティ成熟度モデル」を独自に設計しました。モデルの基盤には、ソフトウェア組織の成長プロセスを整理するCMMI(能力成熟度モデル統合)の考え方を採用しています。
モデル設計の方針
現場の実情に合った実践的なモデルとするため、以下の観点を重視しました。
- シンプルでわかりやすい:複雑な理論ではなく、現場が判断しやすい基準と表現にする。
- 段階的に取り組める:すべてを一度に求めず、少しずつステップアップできる構成にする。
- 比較可能性を持たせる:チーム間で差を可視化し、組織全体でどこに注力すべきかを明確にする。
モデルは5段階(レベル1〜5)で構成し、各チームが「今どの段階にいるか」を自己診断できる形式としました。
レベルの定義はCMMIの枠組みに準じており、以下のような段階を表しています。
- レベル1:属人的で非標準な対応に依存している状態
- レベル2:基本的な管理プロセスが導入されている状態
- レベル3:標準化されたプロセスがチーム内で共有されている状態
- レベル4:データに基づいた継続的な改善が行われている状態
- レベル5:改善活動が定着し、組織全体として最適化が図られている状態
評価項目の構成
評価は以下の6つの観点で行いました。
- データ収集と可視化:多様なシステム情報を収集し、リアルタイムで可視化できているか。
- システムの信頼性管理:障害への備えや技術的負債のコントロールができているか。
- 開発・運用プロセスの整備と最適化:安定したリリースと変更管理が実現されているか。
- アラート最適化と障害対応:検知の精度と対応プロセスの質が担保されているか。
- ユーザー行動の理解と最適化:ユーザー視点でシステム改善が行えているか。
- 継続的な改善と最適化:チームが自律的に改善を継続できているか。
これらの評価項目は、書籍『オブザーバビリティ・エンジニアリング』の提唱する5つの技術的ケイパビリティをベースに、私たちの現場に即して整理したものです。
オブザーバビリティ成熟度モデル
参考として、今回構築したオブザーバビリティ成熟度モデルの概要を簡易版として以下に示します。実際の評価では、より詳細な基準と具体例を用いていますが、ここでは公開範囲内での要点を整理したものをご紹介します。
この簡易版では、各評価項目の本質的な特徴を抽出し、レベル1からレベル5までの成長段階を分かりやすく表現しています。実際の運用では、各レベルの判定基準をより具体化し、チームの状況に応じて詳細に評価しています。
このモデルを導入することで、チーム間の成熟度のばらつきを可視化し、どの領域に注力すべきかを明らかにする「共通言語」を組織内に持つことができました。
第3章:どのように現状を把握したのか
アンケートの概要
オブザーバビリティ成熟度を客観的に把握するため、全サービスチームを対象にアンケートを実施しました。6つの評価項目について、CMMIベースの5段階(レベル1〜5)で評価し、チームの特性やサービス形態によって該当しない項目がある場合を考慮して「N/A(該当なし)」も選べるように設計しました。
回答はチーム内での議論・合意を経て提出してもらう形式とし、主観的な個人の感覚に偏らないよう配慮しました。
アンケートフォームの構成
実際のアンケートでは、構築したオブザーバビリティ成熟度モデルをベースに、以下のような形式でアンケートを構成しました。ここでは公開範囲内での簡易版として、6項目の中から代表的な3項目をサンプルとしてご紹介します。
各項目について、レベル1からレベル5までの段階的な選択肢を設け、チーム内での議論を促進する形式としました。
レポート作成のプロセス
アンケート結果をもとに、各チームごとに個別の評価レポートを作成しました。レポートでは以下の点を整理・可視化しています。
- サービス別スコアとDMM全体の平均との比較
- 評価項目ごとのレベル分布と傾向
- チームの強み・課題・今後の方向性
以下は実際に各チームに配布したレポートの一部です。評価スコアは実際の結果をそのまま使用しており、サービス名のみ社内情報保護のため匿名化しています。
グラフ作成や分析は一部自動化し、効率的なレポート作成を実現しました。
実施の効果
このプロセスにより、高い回答率と網羅的なデータを得ることができ、チームごとの現状が明確になりました。また、可視化された結果がきっかけとなり、「なぜこう評価されたのか?」「どうすればよくなるのか?」といった建設的な対話が各チームで自然に生まれ始めています。
第4章:データから見えた組織の傾向と課題
全体的な成熟度分布の傾向
多くのチームからの回答を分析した結果、DMM全体としてレベル2(基本的な管理プロセス)からレベル3(標準化されたプロセス)の段階に集中しており、個別対応から標準化されたアプローチへの移行期にあることが分かりました。
以下は全社アンケート結果をもとに作成した実際の成熟度レベル分布です。
データから分かるDMMの現実
アンケート結果を詳細に分析すると、DMM全体の実情が見えてきました。
組織の強み:データ収集と可視化
データ収集と可視化の分野では、多くのチームが良好な結果を示しており、これは明確な強みとして評価できます。基本的な監視基盤が整備され、各チームでダッシュボードやメトリクス収集の取り組みが進んでいることが分かりました。
改善の余地:アラート最適化と障害対応
アラート最適化と障害対応については、大部分のチームがレベル1〜2(属人的対応から基本的な管理プロセス)の段階にあることが分かりました。これは「アラートが多すぎて重要なものが埋もれてしまう」という現場でよく聞かれる課題を裏付ける結果でした。
全体的な傾向
高い成熟度レベルに到達しているチームは非常に少なく、今回の評価では基本的な管理から標準化への移行期にあることが分かりました。
第5章:評価結果をどう活かすのか
改善アクションプランの設計思想
分析結果から、多くのチームがレベル2〜3の段階にあることが分かりました。そこで、各チームが現在の成熟度レベルから一段階ずつ向上できるよう、レベル別の具体的なアクションプランを整備しました。
評価項目別改善アクションプラン
6つの評価項目それぞれについて、レベル別の具体的な改善手順を定義しています。
例えば、「データ収集と可視化」でレベル1からレベル2への改善では、メトリクス収集計画の策定、基本的なダッシュボードの作成、定期的な監視レビュー会の実施などを通じて、システム状態の可視化と問題の早期発見を実現します。
同様に、「アラート最適化と障害対応」では、アラートルールの棚卸し、不要なアラートの整理、初期対応の手順整備などを通じて、アラートの信頼性を高め、対応漏れや過剰通知の防止を図ります。
改善アクションプランの概要
参考として、構築した改善アクションプランの概要を簡易版として以下に示します。各評価項目について、現在の成熟度レベルから次のステップへ進むためのアプローチを示しています。
このように段階的なアプローチを取ることで、各チームが無理なく次のレベルへステップアップできるよう支援しています。
ツール機能対応表の整備
各成熟度レベルで必要となるツール機能を明確にし、チームのツール選定や導入計画の策定を支援することを目的として、主要なオブザーバビリティツールの機能対応表を現在作成中です。
この対応表により、各チームが自身の成熟度レベルに応じて最適なツールを選択し、段階的な機能拡張を計画できるようになることを目指しています。完成次第、全社的な活用を予定しています。
第6章:活動成果と今後の展望
取り組みの成果と組織変化
この取り組みを通じて得られたもっとも重要な成果は、評価に参加したチーム内での意識変化でした。
オブザーバビリティに関するDMM全体での認識が統一され、各チーム内で具体的な改善議論が始まったことは、この取り組みの中でも特に大きな意味を持つ成果です。これまで曖昧だった「オブザーバビリティの良し悪し」について、共通の基準で議論できるようになりました。
一部のチームでは、レポートをベースにした改善取り組みが実際に開始されており、評価が単なる現状把握ではなく、実際の行動変容につながっていることを実感しています。
取り組みから得られた学びと今後の支援
段階的アプローチの有効性を再認識できたことが大きな学びでした。具体的なスコアや図表に基づくフィードバックが、チーム内での改善議論の呼び水となることも確認できました。
現在は、改善の余地が大きいチームを中心に支援の声がけを進めており、データに基づいた対話のきっかけとして成熟度評価が機能し始めています。
継続的な改善に向けて
今後は改善効果を定量的に把握するための指標整備を進めるとともに、チーム横断の学び合いや組織的な対話の拡大を図っていきます。オブザーバビリティの向上は継続的な進化のプロセスであり、中長期的な視点で振り返りと検証ができる仕組みを整えていきます。
この取り組みから何を学んだのか
今回の取り組みを通じて、オブザーバビリティ成熟度評価は単なる現状把握のツールにとどまらず、チーム内での対話を促進し、改善への共通基盤を築くための強力な手段であることが分かりました。
成熟度評価がもたらした価値
客観的な現状の可視化
チームごとの強みと課題を構造化された基準で把握できたことで、属人的な判断に頼らない土台を築くことができました。共通言語の形成
評価スコアや観点をもとに、これまで曖昧だった「オブザーバビリティの良し悪し」についてチーム内外で議論しやすくなりました。対話と改善のきっかけづくり
レポートを手がかりにした振り返りや支援ニーズの発掘が始まりつつあり、継続的な取り組みに向けた第一歩が踏み出されました。文化的な変化の兆し
スコアを競うのではなく、対話と成長のために評価を活用するという意識が広まりつつあります。
評価は出発点である
成熟度評価の本質的な価値は、スコアの高低そのものではなく、「自分たちは今どこにいて、どこに向かいたいのか?」を考えるためのコンパスとして機能することにあります。
完璧な状態を一足飛びに目指すのではなく、小さな改善の積み重ねを重視する姿勢が、やがて大きな変化につながると考えています。
今後に向けて
今後は、整備したレポートや評価モデルを起点に、実際の支援活動とその効果測定に取り組んでいきます。オブザーバビリティの向上は一度きりの取り組みではなく、技術・組織・文化の三位一体による継続的な進化のプロセスです。
本記事が、同じような課題を抱える組織にとって、小さなヒントやきっかけになれば幸いです。
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